多くの人間は、自己の全体を以てでなく,ある限られた一部分を以て,相互に関係する。 1 人間は集団に自己の全体を挙げて所属しているのでなく、ある限られた一部分を以て所属しているのであり、この一部分はその集団の機能に対応するものであった。然るに[注1]、この集団の成員である限り、同様のことはすべての人間に適用されるのであって、集団は多くの人間のそれぞれ一部分を吸収して成立するものであった。 2 、この集団の中で、ある人間が他の人間と遭遇しかつ関係する場合、両者の間の交渉は,各人の生活のうち、この集団に向けられ、かつ委ね[注2]られた部分にのみ限定せられている。ある人間は、他の人間に向かって、この部分を乗り越えた自己の全体性を示す機会を持たぬ。その全体性に潜む困難と苦悩とについて、他の人間の同情 3 助言を求める機会を持たぬ。 4 、彼は他の人間の全体性について知ることができない。その集団に向けられた部分以外は、彼にとって秘密として隠されている。このような関係は、一般に、冷たい、と称せられるものである。 5 、この冷たさは、集団の成員の間の接触が直接的でなく、即ち、相互に感覚器官の活動範囲の内部でなく、間接的に、即ち、文書を通じて、ジャーナリズムを通じて行われる場合、一層、その強度を増す 6 。この時は、客観的な言語形式に盛りこめるもののみが関係および交渉の内容となる。 7 、それはある意味において合理的なもののみに限られる。この形式に盛り込めぬもの、それは存在しないのではないが、しかし、この関係および交渉の外部に捨てられている。かくのごとく[注3]、一方では、関係の部分的性質の故に、他方では、接触の間接的性質の故に、人間の全体性は人間関係の外に放置せられる。 8 、全体性はエモーショナルな[注4]、非合理な内容を含んでいる。人間は、自分の非合理的な全体性を表現する機会と、他人の非合理的な全体性を受容する機会をともに奪われている。近代の原理から見れば、自分の非合理的な全体性を抑圧しつつ、 9 、他人の非合理的な全体性を無視しつつ、あの限られた冷たい一面においてのみ他人と関係しうる、よくこれに堪えうる強靭な人間が前提とされているに違いない。けれども、原理はとにかく現実 10 、それは万人の堪えうるところではない。 [注]1然るに/そうであるのに。それなのに。 2委ねる/一切を他人にまかせる。 3かくのごとく/このように。 4ェモーショナルな/情緒的な、感情的な。